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若者を中心に広がる『プレゲーミング』という文化|なぜ人は「飲む前に飲む」のか

目次

「酒を飲みに行く前に酒を飲む」という奇妙な行為

皆様こんにちは、酒好きブロガーのシサカです!

昨今の物価高、皆さんはどう思っているでしょうか?

とうとう先日、私の知っている店も値上げに踏み切ってしまいました。

居酒屋のビールがいつの間にか700円…。ハイボールが600円、チューハイが550円。
少し飲んで食べたら、気づけばかるく5,000円を超えている。

お酒に限らずとも物価高騰の波はいろんな方の懐事情にダイレクトに侵攻してきます。

そんな中、飲み会前に家やコンビニなどへ寄り、「飲みに行く前にお酒を飲む」人(特に若者)が増えているそうで。

「とりあえず行く前に一本飲むか」という感じで缶を開け、お店に着く頃にはちょうどいい感じになっている…。

このような飲み方を「プレゲーミング(プレゲー)」と呼びます。

「酒を飲みに行く前に酒を飲む」って、一見すると奇妙な行動に見えます。

ラーメン屋に行く前に家でラーメンを食べる人はいないし、映画館に行く前に同じ映画を観る人もいません。

でも、昨今の物価を知っている人間にとっては、これはもはや奇妙な行動ではなく合理的な判断なのかもしれません。

今回の記事では若者を中心に広がっている「プレゲーミング」について解説します。

「最近よく聞く言葉だけど意味を知らなかった」という人も、「前からやってるけど名前は知らなかった」という人も、ぜひ最後まで読んでみてください。

この記事でわかること
  • プレゲーミングの意味・由来
  • なぜ今これほど広まっているのか
  • コスパよくプレゲーする方法

プレゲーミングとは?

プレゲーミングの意味

プレゲーミング(pregaming)とは、バーや飲み会など本番の席に向かう前に、自宅やコンビニの前など別の場所でお酒を飲んでおく行為のことです。

「pre(前)」+「gaming(ゲーム・本番)」という語の組み合わせで、「本番前の準備行動」というニュアンスを持っています。

プレゲーミングの由来

もともとはアメリカの大学文化から広まった言葉とされています。

「高額なクラブやバーへ行く前に、安いお酒を自宅で飲んでテンションと財布を整えておく」という実に合理的な行動として定着したのが始まりです。

クラブカルチャーが広まるにつれて世界各地へ広がり、日本では「0次会」という言葉がほぼ同じ概念を指します。

ただし、0次会が「仲間と気楽に一杯」という雰囲気を持つのに対して、プレゲーミングはもう少し個人的で、ひっそりとした準備の色合いが強い。

友達と集まってワイワイというより、一人でイヤホンをしながら缶を開けている、あのイメージです。

プレゲーミングをする3つの理由

ではなぜプレゲーミングをする人が増えたのか?

理由は3つ考えられます。

  • 酒代の節約
    これが一番の理由です。お店で飲むお酒は高い。コンビニのお酒は安い。この差を活かして、事前に一本入れておく。
  • 緊張を和らげる
    初対面が多い席、あまり得意でない人がいる席、何となくフォーマルな集まり。そういう場所へ向かう前に、軽く飲んでおくと気持ちが楽になります。
  • テンション調整
    「素の状態で合流するより、少し酔った状態のほうが場に馴染みやすい」という経験則を、多くの人が持っています。最初から盛り上がった状態で参加できるので、場の立ち上がりが早くなるとも言われます。

でも今の時代、一番大きいのはやっぱり1番です。

プレゲーミングが広まった本当の理由:物価高

プレゲーミングが近年急速に広まっている背景には、間違いなく昨今の物価高があります。

居酒屋のビール一杯が700円、ハイボールが600円、チューハイが550円。

ちょっと飲んだだけで軽く2,000〜3,000円が消えていく時代。

友達と4〜5人で飲みに行けば、ひとり5,000円は当たり前。気づいたら一万円近く使っていた、という経験をした人も多いはず。

一方、コンビニのストロングゼロは140円前後。缶ビールも200円台から買えます。

同じアルコール度数のお酒を、居酒屋の5分の1以下の値段で用意できるわけです。

この価格差を前にして「じゃあ一本飲んでから行くか」となるのは、節約でも貧乏でもなく、単純に賢い消費行動ともいえます。

現在のような物価が落ち着かない限り、プレゲーミングはなくならないでしょうし、むしろ、これからもっと広まっていくはずです。

プレゲーミングに便利なアイテムを用意しよう【コスパ最強】

①飲みきりサイズのミニボトル

プレゲーミングをコスパよく楽しむなら、ミニボトルのお酒がおすすめです。

かさばらず持ち運びやすいので、外出先でのプレゲーミングにも向いています

好きなお酒を少量だけ試せるのも嬉しいポイント。飲みすぎず、ちょうどいい状態で本番に臨めます。

ウイスキーやブランデーなど種類も豊富なので、その日の気分で選べるのも楽しいです。

②家でプレゲーするなら炭酸水メーカーも便利

自宅でプレゲーミングをする派には、炭酸水メーカーもおすすめです。

ウイスキーを買っておけば、ハイボールを好みの濃さで何杯でも作れます。

初期投資は必要ですが、コンビニやスーパーで毎回炭酸水を買うよりも圧倒的にコスパが良く、数か月で元を取ることも可能です。

また「宅飲み」も一緒に知ることで飲み会前のひとり時間を、少しだけ上質に過ごしたい人にもぴったりです。

③ロマンを感じさせるヒップフラスコ

外でのプレゲーミングをしたいなら、先ほどのミニボトルと併せてこのヒップフラスコもおすすめです。

コンビニで缶飲料もいいですが、これをポケットからさりげなく取り出しウイスキーを飲む姿は、コンビニ袋とは違う風情があります。

たとえ同じお酒を飲むにしてもこれを使うと少しだけ、物語を感じさせます。

物価高はお酒文化そのものを変えつつある

プレゲーミングが広まっているのは、単に「節約する人が増えた」という話ではありません。物価高は、日本のお酒にまつわる文化の構造を、少しずつ変えはじめています。

居酒屋が消えていく

個人で経営している街の小さな居酒屋が、ここ数年で急速に減っています。

原因はコスト高だけではなく、客足が遠のいていること。

高い店には行けない、でも飲みたい、という人がプレゲーミングや家飲みに流れる。
その結果、外での消費が減って、また店が閉まる。

「馴染みの居酒屋」という存在が、都市部ではすでに贅沢品になりつつあります。

ノミニケーションが崩壊しつつある

日本の職場文化を長らく支えてきたのが、「飲みながら本音を話す」というノミニケーションです。

上司と部下が、居酒屋という場でフランクに話すことで関係を築いてきた。

でも、一次会だけで5,000円かかる時代に、気軽に誘うことも誘われることも難しくなっています。「飲み会はちょっと…」という断り文句の裏に、金銭的な事情が混じるようになりました。

良い悪いは別として、職場のコミュニケーションの形が変わっていくのは確かです。

お酒の楽しみ方が「場」から「個人」へ

プレゲーミングが象徴しているのは、お酒の楽しみ方の個人化です。

居酒屋で大勢で飲む→家や路上でひとりで飲んでから行く。この変化は単純にお金の問題だけではなく、「大人数で飲む場そのものの魅力が薄れてきた」という空気感とも重なっています。

お酒は場を共にするものから、自分のペースで楽しむものへ。

プレゲーミングはその過渡期を象徴する現象かもしれません。

つながりが、静かに薄れていく

飲みの頻度が下がると、人と会う機会そのものが減ります。

飲み会というのは、特別な用事がなくても「とりあえず集まれる」場でした。誕生日でも記念日でもないただの夜に、なんとなく集まって話せる会。

それが高くて行けなくなると、「用事があるときしか会わない」関係になっていく。気づけば、連絡先には名前があるのに、最後に会ったのがいつか思い出せない人が増えていく。

SNSでつながっているから大丈夫、と思いがちですが、フォローと友情は別物です。

ビール一杯の場で生まれていたものが、静かに失われています。

プレゲーミングは悪い文化なのか?

プレゲーミング自体が悪い文化かというと、私はそうは思っていません。

物価高の時代に賢く節約しながら、緊張もほぐして、楽しい夜の準備をする。それがプレゲーミングです。

飲みすぎず、ちょうどいいところで本番に臨めるなら、とても賢い選択です。

ただ、「外で飲む一杯がここまで高くなければ、そもそもここまで広まらなかった」というのも事実です。

プレゲーミングが賢い選択になった理由は、忘れないほうがいいのではないかと思います。

まとめ:でも正直、お酒文化は残ってほしい

プレゲーミングとは、ただ酒を飲むための行為ではありません。

限られた予算で最大限楽しむ、賢い準備です。

そしてそれは同時に、「外で普通に飲めなくなった」という現実への、静かな適応でもあります。

正直に本音を言います。

古来より、お酒は人が集まる場の中心にありました。祭りの場で、交渉の場で、弔いの場で人は酒を酌み交わしながら、言葉にしにくいものを共有してきました。乾杯のひとつで距離が縮まり、グラスを重ねるうちに本音が出る。そういう場の力を、人類はずっと知っていた。

それは居酒屋のカウンターでも変わらないはずです。

なじみの居酒屋に消えてほしくない…。
見知らぬ人と隣り合わせで飲んで、なんとなく話が弾む、あの感じが失われてほしくない。
企画書に書けない本音、メールでは得られない合意、会議室では生まれない連帯感。

そういうものが、お酒の現場で生まれてきたと思うのです。

それが今、じわじわと削られています。

物価対策として酒税を見直した政党を、私は見たことがありません。
食料品の物価には敏感なのに、居酒屋の一杯が700円になっても、誰も選挙の争点にしない。

お酒は嗜好品だから仕方ない、と言えばそれまでですが、嗜好品や芸術、そこから生まれるカルチャーというのは、いつも合理性とは別の場所から姿を現します。

考えてみれば、おかしな話です。
政治家は「国民の声を聞く」と言いながら、その本音が一番よく聞こえる「お酒を飲む場所」を、じわじわ消滅させている。

国民と対話したいなら、まずハイボールが一杯が700円になってしまった現実と向き合っていただきたい。

誰かが「飲みニケーションは古い」と言い始めた頃、それは働き方改革の話だったはずです。

でも今起きているのは改革ではなく、値段による強制終了です。選んで変わったのではなく、高くて行けなくなっただけ。それを「文化的な進化」と呼ぶのは、違います。

プレゲーミングが「賢い選択」になってしまった時代に、少しくらい腹を立てていいのではないかと思います。

缶を開けながら、今夜も誰かが適応しています。

そしてその缶を飲み干したあと、誰かの隣に座って、ちゃんと乾杯できる場所が、まだあることを願っています。

ではまた。

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この記事を書いた人

サラリーマンの傍らブログ運営。
お酒にまつわる情報や考えを、心理学や哲学など色んなネタを絡めながら発信しています。
気分によって文体がコロコロ変わるので悪しからず。

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